
「うちの子、全然絵を描きたがらないんです…」
「周りの子と比べて、うちの子の絵はなんだか幼くて…」
「先生、どうしたらもっと上手に描けるようになりますか?」
保育士として働いていると、子どものお絵描きに関して、保護者の方からこんな相談を受けたり、自分自身も「これでいいのかな?」と悩んだりすることはありませんか?
子どもたちの自由な発想や表現力を大切にしたいと思っていても、つい「上手い・下手」という物差しで見てしまったり、どう関わればいいのか迷ったり…。特に、自信がなさそうな子や、周りを気にしすぎる子、なかなか自由に表現できない子を前にすると、声かけ一つにも気を遣いますよね。
また、保育者同士で描画活動に対する考え方が違ったり、保護者の方に子どもの表現の素晴らしさをどう伝えたらいいか悩んだりすることもあるでしょう。
この記事では、そんな保育現場でよく聞かれる『子どものお絵描きに関する「困った」』に焦点を当て、「上手い・下手」という評価にとらわれず、一人ひとりの個性を大切にしながら表現力を育むための具体的な支援方法と、その価値を保護者に効果的に伝えるためのヒントをご紹介します。
この記事を読めば、明日からの保育で、子どもの描画活動をもっと豊かに、そして自信を持ってサポートできるようになるはずです。

なぜ私たちは「上手い・下手」で評価してしまうのか?
そもそも、なぜ私たちは子どもの絵を「上手い・下手」で評価してしまいがちなのでしょうか。
一つには、私たち自身が、大人になる過程で「写実的に描けること=上手い」という価値観に触れる機会が多かったことが挙げられます。また、目に見える成果として分かりやすいため、つい技術的な側面を評価してしまうのかもしれません。
保護者の方々も、我が子の成長を願うからこそ、
・「周りの子と同じように描けているか」
・「年齢相応の絵が描けているか」
を、気にしてしまうことがあります。それは決して悪いことではありませんが、その評価が子ども自身にプレッシャーを与え、自由な表現を妨げてしまう可能性も秘めています。
子どもの描画表現は、心や思考の発達と密接に結びついている

なぐり描き期:** 線を描くこと自体を楽しむ時期。腕の動きと描線の関係を発見します。
象徴期:丸や線に意味付けをするようになります。「これはママ」「これはワンワン」など、描いたものに自分のイメージを投影します。
図式期:人物や家など、自分なりの描き方(スキーマ)が定着してくる時期。見たままというより、知っていることを描こうとします。
このように、子どもたちは発達段階に応じて、様々な表現方法を試しながら成長していきます。大人の基準で「上手い・下手」を判断するのではなく、その年齢ならではの表現の特徴や、その子自身の内面から湧き出る表現の面白さに目を向けることが重要です。
子どもの個性を引き出す!具体的な関わり方5つのヒント
では、具体的にどのように関われば、子どもたちの個性豊かな表現を引き出すことができるのでしょうか。ここでは5つのヒントをご紹介します
1. 結果ではなく「プロセス」を具体的に褒める
「わぁ、上手だね!」という漠然とした褒め言葉は、時に子どもを「上手く描かなきゃ」とプレッシャーに感じさせてしまうことがあります。
それよりも、「描いている過程や、子どもの工夫、気持ちに寄り添った言葉」をかけましょう。
・「ぐるぐる描くの、楽しいね!腕が大きく動いてるね!すごい」
・「この色を選んだんだね。〇〇ちゃん(くん)の好きな色なのかな?」
・「線と線がつながったね!面白い形ができたね!」
・「一生懸命描いているね。集中している顔、かっこいいよ。」
このように、「具体的な行動や、色・形への興味、描いている時の気持ち」を実況中継するように、言葉にすることで、子どもは「自分のやっていることを見てもらえている」「これでいいんだ」と安心し、描くことへの意欲につながります。

2. 「描けない」に寄り添う共感的なことばがけ
「うまく描けない…」「どうやって描いたらいいかわからない…」と戸惑っている子もいます。そんな時は、まずその気持ちを受け止め、共感することが大切です。
* 「そっか、うまく描けないって感じているんだね。」
* 「どう描こうか、迷っちゃう時もあるよね。」
その上で、「何を描きたいのかな?」「どんな色が好き?」など、子どもの気持ちやイメージをゆっくり引き出すような問いかけをしてみましょう。無理に描かせようとするのではなく、「一緒に考えてみようか」「まずは好きな色を塗ってみる?」など、「スモールステップ」で始められるような提案**も有効です。

3. 多様な画材や技法で「表現の選択肢」を広げる
いつも同じクレヨンや画用紙だけだと、表現方法もマンネリ化してしまうことがあります。時には、「新しい画材や技法」を取り入れてみましょう。
・ たんぽ筆:** ポンポンと叩くだけで、味のある点描や混色が楽しめます。絵の具が苦手な子も、スタンプ感覚で楽しめます。
・フィンガーペインティング:** 指で直接絵の具に触れる感触は、子どもにとって大きな喜びです。ダイナミックな表現が生まれます。
・ローラー、ビー玉転がし、吹き絵:** 偶然できる模様や色の混ざり合いが、子どもの想像力を刺激します。
・様々な素材:** ダンボール、毛糸、布、落ち葉など、身近な素材をコラージュするのも面白い活動です。

これらの活動は、「上手に描く」ことよりも、**素材の感触を楽しんだり、偶然性を面白がったりする体験**そのものが重要です。描画へのハードルが下がり、「描くって楽しい!」という気持ちを育むきっかけになります。
4. 「失敗しても大丈夫」と思える安心できる環境づくり
「間違えたらどうしよう」「変な絵って思われたら嫌だな」という不安は、子どもの自由な表現を妨げる大きな要因です。
保育室では、「失敗しても大丈夫」「どんな表現も素敵だよ」というメッセージを常に伝え、安心できる雰囲気を作ることが大切です。
・描き直しや、途中でやめることもOKとする。
・保育者自身が、楽しんで絵を描く姿を見せる。
保育者は子どもの発達以上に、完成度の高い見本を描くのは、子どもの表現や発見の機会を奪うのでやめましょう。
子どもが安心して自分を表現できる環境があってこそ、個性は伸び伸びと育っていきます。
5. 子どもの「つぶやき」や「物語」に耳を傾ける
子どもは、絵を描きながら様々なことをつぶやいたり、自分だけの物語を紡いだりしています。その**言葉に耳を傾ける**ことで、絵に込められた子どもの思いや世界観が見えてきます。
* 「これはね、空を飛んでるんだよ!」
* 「こっちは怒ってる顔で、こっちは笑ってるの。」
描かれたものだけでなく、その背景にある子どもの気持ちやイメージを理解しようとすることで、より深いレベルで子どもの表現を受け止めることができます。
保護者との効果的なコミュニケーション術:「伝わる」伝え方
子どもの個性的な表現の価値を、保護者にどのように伝えていけばよいでしょうか。「上手い・下手」という見方を変えてもらうための、コミュニケーションのポイントをご紹介します。
1. 「その子らしさ」を具体的に伝える
懇談会や連絡帳などで作品について伝える際は、「上手ですね」だけでなく、**その子ならではの表現の面白さや成長**を具体的に伝えましょう。
* 「〇〇ちゃん(くん)の描く線は、いつも勢いがあって、見ていて元気になりますね。今日は特に、力強くぐるぐる描いて楽しんでいましたよ。」
* 「以前は単色で塗ることが多かったですが、最近はこのように色を混ぜて、自分だけの色を作るのを楽しんでいます。この色の組み合わせ、〇〇ちゃん(くん)らしくて素敵ですよね。」
* 「この絵を描いている時、『これはね、ママにあげるお花なんだ』って教えてくれたんですよ。優しい気持ちが伝わってきますね。」
具体的なエピソードや、描いていた時の子どもの言葉を添えることで、保護者は作品の表面的な部分だけでなく、その奥にある子どもの思いや成長を感じ取ることができます。
2. 作品展示の工夫で見せ方を変える
作品をただ壁に貼るだけでなく、「見せ方を工夫する」ことも有効です。
・子どもの言葉を添える・・・ 作品の横に、描いていた時の子どものつぶやきや、作品に込めた思いなどを書き添えます。
・プロセスを見せる・・・ 完成した作品だけでなく、制作途中の写真や、使った画材などを一緒に展示するのも良いでしょう。
・テーマを決めて展示する・・・例えば、「色あそび展」「ぐるぐる描き大好き!」など、発達段階や活動内容に合わせたテーマで展示することで、個々の作品の「上手さ」ではなく、活動全体の楽しさや多様な表現に目が向きやすくなります。

3. 保護者の不安に寄り添い、共に育む姿勢を
保護者の中には、「うちの子の発達は大丈夫だろうか」という不安から、「上手い・下手」を気にしてしまう方もいます。
まずはその不安な気持ちを受け止め、「お家でも、描いた絵について『この色きれいだね』『どんな気持ちで描いたの?』など、過程や気持ちを聞いてあげると、お子さんも喜びますよ」といったように、**家庭でできる関わり方のヒント**を伝えるのも良いでしょう。
大切なのは、保育者と保護者が「子どもの成長を共に見守り、喜び合うパートナー」であるという姿勢を示すことです。
もっと専門的な知識を深めたい方へ
子どもの描画指導や発達に関する知識を深めることで、より自信を持って子どもたちと関わることができます。関連する研修やセミナーに参加してみませんか?
保育者自身の専門性を高め、連携を深めるために
日々の保育の中で、描画活動の質を高めていくためには、保育者自身の学びや、同僚との連携も欠かせません。
1. 知識やスキルをアップデートし続ける
子どもの発達や描画に関する書籍を読んだり、研修に参加したりすることで、新たな知識や指導のヒントを得ることができます。様々な理論や実践例に触れることで、自分の保育観をより豊かなものにしていきましょう。
2. 保育者同士で学び合い、共有する
園内で描画活動に関する勉強会を開いたり、日々の保育での気づきや悩みを共有したりする場を持つことも大切です。
* 「〇〇ちゃんへの声かけ、こんな風にしたらすごく楽しそうに描いてくれたよ!」
* 「この画材、使ってみたら子どもたちの反応が良かったよ。」
* 「保護者の方にこう伝えたら、すごく納得してくれた。」
など、成功体験や失敗談も含めて共有し合うことで、園全体の保育の質を高めていくことができます。特に複数担任の場合は、活動のねらいや子どもたちの姿について共通認識を持つことが、一貫したサポートにつながります。
3. 日々の記録と振り返りを大切にする
子どもたちの描画活動の様子や、その時の言葉、作品などを記録に残し、定期的に振り返ることも重要です。記録を通して、一人ひとりの成長やつまずき、興味の変化が見えてきます。その気づきが、次の活動計画や、より個別化された関わりへと繋がっていきます。

まとめ:評価から共感へ、子どもの豊かな表現を育むために

子どものお絵描きに関する悩みは、多くの保育士が抱える共通の課題です。しかし、「上手い・下手」という画一的な評価から一歩踏み出し、**一人ひとりの子どもの内なる声に耳を傾け、その子らしい表現のプロセスに寄り添う**ことで、子どもたちは安心して自分を表現する喜びを知り、驚くほど豊かな世界を見せてくれます。
今回ご紹介した、
・結果ではなくプロセスを褒める**
・「描けない」気持ちに共感する**
・多様な画材で選択肢を広げる**
・安心できる環境を作る**
・子どもの言葉に耳を傾ける**
といった関わり方のヒントや、保護者とのコミュニケーションの工夫が、明日からのあなたの保育の助けとなれば幸いです。
子どもの描画活動は、単なる「お絵描き」ではありません。それは、子どもたちが自分自身と出会い、世界と対話し、心を豊かに育んでいくための、かけがえのない表現活動なのです。
保育士である私たちが、その一番の理解者であり、応援者でありたいですね。